今太閤と神様・・・
スタッフブログ 2012年1月30日【今太閤】とは、豊臣秀吉にならって貧しい生まれから立身出世した者への呼び名のことで、ここ最近(最近でもないか)では、尋常小学校卒から内閣総理大臣まで上り詰めて時の権勢をふるった田中角栄もそう呼ばれていたので覚えている方も多いかと思います。
だけど、偉大すぎる歴史上の人物に由来しているゆえに、そのような呼び名が付く人物にお目にかかる機会はそう多くなく・・・
その日の朝、いつものように新聞の経済欄を読んでいると、ある企業の新人事を伝える記事に釘付けになってしまった。
《新社長にA氏が就任》。
50代の若さで、国内外に数万人の従業員を抱え、1兆円に迫る売上高を誇る大企業の頂点に立ったことを伝える記事の人は、私が知っているAさんその人だった。
小さく不鮮明ながらもかすかに微笑みかけるその優しげな眼差しはあの頃のままで、それが何よりも嬉しかった・・・
『すごいよAさん・・・ついに社長にまで上り詰めはったんや・・・本当にすごい・・・』
Aさんに【今太閤】の呼び名が適当かどうかは分からない。
でも、平社員だった頃のAさんから不遇だった時の苦労話などを直接聞いている私には、記事を読んですぐに頭に浮かんだフレーズがこれだった。
ただ、なんとなく腑に落ちないところもあって・・・・
今を遡ること30数年前。その企業にお互いに中途入社で縁を得たのが私とAさんとの出会いだった。
自分よりも3つ年上のAさんだったが、入社時期もほとんど同じくらいで同期といえばそうなるのかもしれない。
当時はまだ一流企業とは云えずとも、これから目指していく、という強い意志と気概が職場に満ち溢れており、朝7時には出社、最後の伝票を整理して仕事を終える頃にはすでに日付が変わっている、といったことが当たり前の雰囲気があり、中でもAさんは元気で、しかもどことなく品もあった。
私の方がAさんよりも少し早く管理職に引き上げられたが、Aさんと違って、人望も実力もなく、たまさかの幸運に助けられて業績を上げられただけだったからその後に失速。
数年後に退社することになって、現在の職業へとつながっている。
あれから20数年、Aさんの記事を目にするまではすっかり忘れていたもろもろの出来事が次々に想いだされる・・・
こんなこともあった・・・・
ある時、仕事の手を休めることなく、突然Aさんが私に話しかけてきたことがあった。
『ながぶっつぁん・・・』、年下である私をAさんは【長渕さん】と、さん付けで呼んでくれるのだが、彼が言うと、『ながぶっつぁん・・・』と、より親しげに聞こえるので好感を持っていた。
奈良の大仏さん【ならのだいぶつさん】、と発音するのよりも、【ならのだいぶっつぁん】に親しみを感じるのと同じだ。(ちょっと違うか・・・)
『ながぶっつぁんはなんか夢でもあるんか・・・』と聞かれ、ささやかだが実現できるかどうか疑わしい自分のたわいない思いを話し伝えた。
『ふ~ん、そうなんや。大丈夫やで、ながぶっつぁんやったらできるよ・・・』と、人への思い遣りや気遣いを大事にする優しいAさんはそう言って励ましてくれた。
そして、『・・・俺の夢は、な・・・』と続けて語ってくれた。
その夢は、今のAさんの立場からは信じられないほど慎ましい内容であったけど、家族思いのAさんらしく、(Aさんって欲の無い人なんやぁ・・・)と、ほのぼのとした気分で聞いていたのを覚えている。
Aさんは仕事もよくできたし頭の回転も速い。誠実で正義感の強い熱血漢でもあり、人情に篤いところもおおいにあった。
しかも、状況をみて清濁併せのむ、といった柔軟性も持ち合わせていたように見受けられるので、企業のトップにふさわしい器であるのは確かなのだろうけど、天下取りなどとは縁遠い野心のない人だから、彼のお人柄と現在の地位がにわかに結びつかず、自分としてはしっくりこないのだ・・・
恐らく、Aさんご自身は今の立場を望んでここまで到達したのではなく、周りの人たちの信頼と親しみに支えられ、自然な成り行きで担ぎ上げられた、と、甘ちゃんの私などは思いたい。
また、失礼を承知の上だけど、一介の平社員から、あれほどの大企業のトップになるには、実績や周りの人達の力だけでは到底困難なはずで、運とか縁などという人智に及ばない、何か大いなる力が影響した、と考えるのは言いすぎだろうか?
『Aさんの仕事ぶりや正しい行いが、社長にふさわしい人物として仕事の神様の目にとまり、抱き寄せられるようにして現在の高みまで導かれた・・・・』と、おとぎ話のようで笑われそうだけど、そう考えれば合点がいくのだから仕方ない。
そしてもうひとつ。『・・・ながぶっつぁんやったらできるよ・・・』と気遣ってくれた言葉を思い出して今更ながらに気がついたことがある。
それは、Aさんに告げた《実現できるかどうか疑わしい思い》はその後、多少内容は違えども、神がかり的なAさんのお陰かどうか、すでにほぼ実現している、ということに気がついたことだ。
退職後、現在の会社の仕事に就いてから26年余り。失敗も多く、『人生ままならぬ・・・』と嘆いてばかりいた自分が間抜けに見えて恥ずかしい。
その日は寒い1日だったけど、Aさんの記事に接してほっこりと暖かい気持ちで過ごせることができた。
ありがとう、Aさん。
僕なんかの声援なんぞ無用と承知しているけれども、今後のご成功とご健康、ご多幸を心より、心より祈っています。
追伸・・・それと、できましたら仕事の神様のお弟子さんか見習いの方のような方でも結構ですから、こちらにもお立ち寄りいただけるようお口添えくだされば、この不況の折、大変助かりますです・・・
長渕圭司
