先日、電気温水器の修理依頼を承りました。
弊社のお客様からのご依頼ではなく、あるルートからのご紹介なので、そのユーザー様とは面識はありません。
『お湯が沸かないので困っている・・・』というお申し出だったので、すぐに出向いて状態を見せてもらったところ、お湯を沸かす主役のヒーターがやられており、保護管の腐食による漏電が原因でした。
ヒーターがダメなら交換すればよく、三菱や日立、東芝あたりであればすぐにでもなんとかなります。
しかし、今回の温水器は【ユノカ】、九州変圧器というメーカーの製品でした。
これまで同メーカー品の修理をしたことがほとんどなく、部品の発注実績も無いので戸惑っていたところ、ユーザー様であるおばあちゃん(84歳だそうです。)から
『・・・この温水器も20年くらいになるし、買い替えてもええけど、今なんぼくらいするの?・・・』と、尋ねられた。
確かにヒーターを入手出来たとしても費用は2万~3万円前後は必要。製造年を見ると1990年製だから設置から20年前後は経過してそう。『ぼちぼち買い替え時ですわ・・・』てなセリフも勢い出そうなもの。
早速三菱のカタログを引っ張り出してきて説明を開始する。
貯湯タンクの選定のために家族構成を尋ねるとおばあちゃん一人暮らしとの由。
独り暮らしのおばあちゃんにエコキュートは関係無いので現在と同じ機能の給湯専用タイプでそろばんをはじくことに。
近頃は電気温水器といえばエコキュートが全盛であるから、旧来の温水器を紹介しようとなればカタログの隅から隅まで繰りまくり、探す出すのにちと苦労したりする。
↓電気温水器の買替えビフォー・アフター。搬出搬入はともかく、配管はほとんど一人で行った。
『ええと、SRG-3759の定価が税込で22万500円、それを50%割引ですから・・・11万円、減圧弁、安全弁とかの材料費と取替工事費の総額が7万ちょっとで・・・全部で18万3千750円です。』と申し上げる。
『・・・えらい安うしてくれはんねやなぁ。20年前に買い替えた時よりも安いんとちゃうかなぁ・・・』
さすが、去年まで親戚の会社の経理をしていただけあって84歳のおばあちゃんといっても侮れない。
私も覚えているが、20年前の三菱の同製品の定価が確か税込(消費税3%?)で18万円くらい。当時は25%OFFが普通だったので、実際の工事コミ価格は18万5千円くらいだった。
【ユノカ】はどうか知らないけど、やはりその程度の値段だったろう、と推測はできる。
当時と比べて製品価格は5万円近く値上がっている。減圧弁など材料費も驚くほど上がっているが弊社の工事コミ価格はほとんど変わらずで、実質的には大幅な値下げとなっている。
これからもなんとか赤字だけ避けられる内はこの価格を守ろう、とは思っているけれど・・・・
↓貯湯式給湯器には必需品の減圧弁(下側)と逃がし弁(上側)。いくつかのメーカーを使ったがダンレイ社製が一番優れているような気がする。仕様は異なるがエコキュートにも使われている。

↓配管もかなり傷んでいた。交換できるところはすべて交換するが、取替できない見えないところが正直心配。

今日の工事は搬出搬入だけ倉本らに手伝ってもらったが、彼らも忙しいので配管類などはほとんど私一人で行った。
『この配管はこうした方がきれいやろな・・・』とか、今日のように搬出搬入条件のよい場合、以前の私なら間違いなく独りでやってたな・・・など、昔の苦労話などを思い出しながらの独り工事は楽しくてとても癒される時間を与えてもらった。
おばあちゃんと当社スタッフに感謝である。
様々な想いでの中でも特筆すべきはやはり阪神大震災の時にあった経験だろう。
あの日の朝、激しい揺れの直後、事務所から転送していた自宅電話がけたたましく鳴った。
当時はマンションなどの電気温水器の買い替え時期にあたり、私の店でも関電さんの紹介などで結構取替実績があって、数棟のマンションで200戸近く取り換えに関わっていたからすぐにピンときた。
直感的に『電気温水器になにかあった!?』と感じる。と同時に『しまった!』とも思った。
あの震災まで大阪には地震が無いという誤った常識があって、同業の専門店の間でも『電気温水器のアンカーボルト固定は無用』という間違った思い込みがあって、地震に備えることが皆無に近かったからである。
果たして不吉な予感は的中し、慌ててとった受話器の主は当社で温水器の取替をしたマンションのお客様からだった。
『温水器からお湯が噴き出してる!!』と、先方様も相当なパニックに陥っており、緊迫した様子が伝わってくる。
『すぐに行きます!』と切るや否や再びけたたましくなる電話、電話、電話・・・
電話の応対や散乱した食器などでめちゃくちゃになった自宅は妻に任せ、作業服に着替えて最初のお客様のマンションに直行する。
あとから妻に聞いた話ではその後ひっきりなしにかかってきた電話は20分~30分後にピタリと止んだという。各地からNTTに殺到する電話に回線がパンクして不通となったからだった。
直面した電気温水器の被害はさまざまで、倒れていた温水器も一部にあり、使い物にならないほど損傷が激しい温水器も相当数あった。
比較的軽微な被害のうちでも激しい揺れに傾いたり、動いたりして配管が折れるか亀裂が走るかしてお湯や水が噴出している状態のものも多かった。
『アンカーさえ打っていたら・・・』と後悔しても遅く、またそんな悠長なことを考えている暇もない。
断たれたライフラインをすぐにでも復旧しなければならないからだ。
当時、私と井上(今はエクアドルに居る)の2人だけで切り盛りしていたが、井上は震災直後に神戸へ炊き出しのボランティアへ行ったため、修理はすべて私が独りで担当することになった。
最初は他店さんの温水器も頼まれたら片っぱしから修理に回っていたが、複数のマンションをかけもち、移動にも時間がかかるので夜の1時、2時まで作業しても遅々として進まず(何しろエレベーターが止まっているマンションが多く、階段でいちいち上り下りしなければならなかった)、途中からほかの住民の方から修理の依頼をかけられても、『すんません、うちのお客さんだけで精いっぱいなんで・・・』と断るのが辛かった。
何日目のことか忘れてしまったけど、作業を終えたのが朝の4時くらい、自宅に帰る時間も元気もないので、マンションの駐車場に止めたトラックの中で仮眠し、起きてそのまままた作業、という日もあったっけ。
そんな過酷な復旧作業(温水器の取り換えも含む)も1週間余り(緊急を要するものだけ。すべて完了するには1ヶ月以上かかった)で終わったけど、肉体的な苦痛よりも精神的なそれの方がはるかに大きかった。
温水器のアンカーボルトを打たなかった非がこちらにあり、ユーザーさんから責められても仕方がなく、お怒りのお客さんにお詫びしながらの作業が正直きつかった。
中には『謝り方が足らん!土下座して詫びろ!』と怒鳴り散らす御仁もいて、土下座くらいで済むなら、と本当に土下座したこともあったなぁ・・・。
頭を下げつつも心中は早く作業に戻って修理を終わらせたい、と、寝不足気味の頭でぼんやり考えていた記憶なんかもよみがえってきたり・・・・。
ひとりで朝方まで鼻水たらしながら作業する姿を憐れんでか、熱いお茶やコーヒー、中にはうどんやおにぎりを作って食べさせてくれたお客さんもいたよなぁ。
そんな時は本当にうるうると感激したりして・・・
それから忘れてならないのは復旧時に三菱電機の工場の方からの応援があって独り身の私にはすごく有難かった。
あの時は復旧に必死だったからお礼も満足に出来なかったけど・・・・
三菱さんやその販社さんには今でも感謝しています。
そんなこんな感傷的な思い出にふけっているうち、同じ温水器にまつわる話の中で、私の過った判断から未だに悔悟と自責の念に囚われている事実があるのを思い出した。
あとは続きます。(今日のブログは長かったもんね!)
